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新たなタイプの界面活性剤を有機合成し,それらの溶液物性を明らかにする

〒125-8585 東京都葛飾区新宿6-3-1 東京理科大学工学部工業化学科

研究内容RESEARCH

ハイブリッド界面活性剤の合成と溶液物性


一分子内に疎水基として、フッ化炭素鎖と炭化水素鎖をもつ界面活性剤は、「ハイブリッド界面活性剤」と呼ばれています。従来の界面活性剤は疎水基として、炭化水素鎖のみを有しますが、疎水基を炭化水素鎖とフッ化炭素鎖のハイブリッドにすることで、従来の界面活性剤では見られない特異な溶液物性を示すようになります。当研究室では、ハイブリッド界面活性剤を合成し、新しい機能の探索と解明を行っています。

左の分子構造は、当研究室で合成されたハイブリッド界面活性剤の一つです。黄色=フッ素原子、白色=水素原子、灰色=炭素原子、赤色=酸素原子(酸素原子に囲まれた黄色は、硫黄原子)です。

ハイブリッド界面活性剤は、1992年にUnivesity of OklahomaのHarwell教授らにより初めて合成されました (J. Phys. Chem., 96, 6738 (1992) )。Harwell教授らは、当時の界面化学分野に新風を入れたいとの思いから、この界面活性剤を合成したようです。最初のハイブリッド界面活性剤は、分子構造的に電子求引性基であるフッ化炭素鎖と親水基である硫酸エステル基の距離が近く、加水分解を受けやすいものでした。このため、ハイブリッド界面活性剤の水溶液を調製後、24時間以内に物性測定を行う必要があったそうです。当研究室では、フッ化炭素鎖と親水基の間に、ベンゼン環(フェニレン基)やアルキレン基を導入し、フッ化炭素鎖の電子求引性が親水基に及ばないようにした構造のハイブリッド界面活性剤を世界で初めて合成しました。この界面活性剤は、加水分解されにくいため、ハイブリッド界面活性剤の特異な性質を明らかにすることができるようになりました。


特異な粘弾性挙動(ちょっと変わった性質)

ハイブリッド界面活性剤の水溶液を調製すると、濃度が160 mM (10wt%) の時のみ、溶液がゲル化することを見出しました。これは、この濃度でひも状のミセルが多数形成され、ミセルの絡み合いが生じるためです。下の左側の写真 は、ハイブリッド界面活性剤の水溶液が入ったサンプル瓶を逆さにした様子で、濃度が160 mMのものだけ、溶液が下に落ちてこないことが分かります。右側の写真は、160 mM溶液のFreeze-Fractured SEM像であり、縞模様が見えます。縞模様の一つ一つがひも状ミセルの一つ一つに対応すしています。SEM像内の円模様は、界面活性剤の分子集合体の一つ である、ベシクル(二分子膜閉鎖小胞体)です。


1) Y. Takahashi, Y. Nasu, K. Aramaki, Y. Kondo, J. Fluorine Chem., 145(1), 141-147 (2013).

2) Y. Takahashi, Y. Kondo, J. Schmidt, Y. Talmon, J. Phys. Chem. B, 114(42), 13319-13325 (2010).

刺激応答性界面活性剤の合成と溶液物性

外部刺激に反応する官能基を有する界面活性剤を合成し、その溶液物性を外部刺激を用いて制御しようとする研究も実施しています。これまでに、酸化・還元活性な界面活性剤、光応答性界面活性剤、pH応答性界面活性剤等を合成してきました。

光応答性界面活性剤を用いた溶液粘弾性の制御


左の図に示す化合物はアゾベンゼン基を有し、紫外光照射でcis体へ、可視光照射または熱でtrans体へ光異性化します。その様子を分子のシルエットとして左下の図に示します。Trans体は直線状であるのに対し、cis体は屈曲していることが分かるかと思います。



ア ゾベンゼン基を含む界面活性剤の水溶液に紫外 (UV) 光を照射すると、その水溶液の粘度が上昇することを見出しています。また、この粘度が高い溶液に可視 (VIS) 光を照射すると、溶液は再び粘度の低いものへと戻ることも明らかにしてきました。界面活性剤は、初め水溶液中で球状ミセルを形成しますが、UV光の照射に ともなって、界面活性剤分子のアゾベンゼン基がcis体へ光異性化し、水溶液中でひも状ミセルが形成されることによるものです。

1) Y. Takahashi, Y. Yamamoto, S. Hata, Y. Kondo, J. Colloid Interface Sci., 470, 370-374 (2013).

光応答性界面活性剤を用いた光誘導解乳化


また、アゾベンゼン基を有するジェミニ型界面活性剤 (C7-azo-C7) を使うとエマルションの解乳化を光によって積極的に誘導できます。C7-azo-C7にUV光を照射すると、界面活性剤の中心に位置するアゾベンゼン基が 光異性化してcis体となり、界面活性剤分子のかたちが変化します。これにともない、界面活性剤分子が何かの界面に吸着している場合、界面活性剤分子がそ の界面で占有する面積に変化が生じ、結果的に界面張力にも影響が及ぼされることになります。このため、UV光照射により、安定なエマルションを積極的に解 乳化(相分離)させることができます。

1) Y. Takahashi, K. Fukuyasu, T. Horiuchi, Y. Kondo, P. Stroeve, Langmuir, 30(1), 41-47 (2014).



(上の動画) C7-azo-C7と水およびOctaneを使って調製したエマルションにUV光を照射(左側のサンプル瓶にのみUV光を照射)すると解乳化が 進行し、油 (Octane) と水に相分離する。右側のサンプル瓶のエマルションにはUV光を当てていないので解乳化せず安定な乳化状態が維持される。

金属光沢のある低分子有機結晶の創製

最近、当研究室ではある種の染料をナノメートルオーダーで精密に並べると金色光沢結晶が得られることを見出しています。従来、金色あるいは金属色を呈する表面を得るには、金属の粉体を光沢源として含むメタリック塗料による塗装が必要でした。 従って、金属光沢を持つ表面には薄い金属粉の層が存在し、電波を遮蔽する性質が時々問題となっていました。 また、大型輸送機器へメタリック塗料を使った場合、機器の総重量は塗料中の金属粉のために重くなり燃費の低下につながると言われています。低分子有機化合物から得られる金属光沢は、これら2つの問題点を解決できる技術として期待されています。


上記の有機化合物をアセトンに溶解し、その溶液に水を加えたところ、金色光沢結晶が得られました。


この結晶の構造を解析したところ、有機分子がJ会合体を形成しながら、ナノメートルオーダーで精密に配列していることが分かりました。


1) A. Matsumoto, M. Kawaharazuka, Y. Takahashi, N. Yoshino, T. Kawai, Y. Kondo*, J. Oleo Sci., 59(3), 151-156 (2010).

2) Y. Kondo*, A. Matsumoto, K. Fukuyasu, K. Nakajima, Y. Takahashi, Langmuir, 30(15) 4422-4426 (2014).

3) 高橋 裕, 近藤行成*, 色材協会誌, 87(12), 442-447 (2014).

界面活性剤によって形成される泡沫の構造と安定性の評価および応用

界面活性剤などから作られる泡沫の構造と安定性についてさまざまな測定手法を組み合わせることで評価しています。特に前例の乏しい中性子小角散乱を用いて,時々刻々と変化する泡沫のナノ構造を時分割で明らかにする”泡のナノ・オペランド測定技術”の確立に取り組んでいます。これらの泡沫特性を利用して、有害物質や枯渇資源の回収を目指した泡沫分離への応用も試みています。


ヒドロキシ基含有アミノ酸系界面活性剤が形成する泡沫のミクロ構造を中性子小角散乱などの様々な測定手法を組み合わせることで詳細に明らかにすることができました。

1) S. Yada*, H. Shimosegawa, H. Fujita, M. Yamada, Y. Matsue, T. Yoshimura*, Langmuir,36(27), 7808-7813 (2020). Selected as "Supplementary Cover"

2) 黒田瑞穂, 矢田詩歩, 吉村倫一, 大野正司, 好田年成, 多分岐鎖を有するポリオキシエチレン系非イオン界面活性剤のGaとAuの泡沫分離, 分離技術会年会 (2021).

3) 矢田詩歩, 永田夕佳, 吉村倫一, 中性子小角散乱を用いた単一鎖長ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステルナトリウムによって安定化された泡沫のミクロ構造評価, 第73回コロイドおよび界面化学討論会 (2022).


高性能および高機能化を目指した新規界面活性剤の開発

既存の界面活性剤に対してさらなる性能の向上や機能性の発現を目指して新しい構造の界面活性剤の開発を行っています。例えば、ポリオキシエチレン(EO)鎖に鎖長分布をもたない単一鎖長EO系非イオン界面活性剤のEO鎖末端にポリオキシプロピレン(PO)鎖を修飾したPO-EO系界面活性剤を新規に分子設計・合成し、既存のEO系界面活性剤に対して優れた表面張力低下能を有することを明らかにしました。これらの界面活性剤の水溶液物性は、曇点や静的・動的表面張力、さらには放射光施設のX線小角散乱、中性子小角散乱、動的光散乱、低温透過型電子顕微鏡、レオロジーなどを用いて評価しています。


1) S. Yada, T. Suzuki, S. Hashimoto, T. Yoshimura*, Langmuir, 33, 37394-3801 (2017).

2) S. Yada, T. Yoshimura*, Langmuir 35(15), 5241-5429 (2019).

3) S. Yada, M. Wakizaka, H. Shimosegawa, H. Fujita, M. Yamada, Y. Matsue, T. Yoshimura*,Colloids Surf. A, 611,125757 (2021).

4) S. Yada*, Y. Yoshioka, M. Ohno, T. Koda, T. Yoshimura*, Colloids Surf. A, 648,129247 (2022).

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